津川友介『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』2018年 東洋経済新報社
タイトルに「究極の食事」と冠した健康本が本屋でベストセラーの棚に積み上げられている。
あなたはきっとこう思うかもしれない。
「ああ、また根拠のない健康情報が詰まった健康本かな」
そして半信半疑でページを開く。すると、書いてある内容に驚かされ、この本がいかに数多くある健康本と違うかをまざまざと感じにることになる。
タイトルにもある「究極の食事」というフレーズは、筆者であるUCLA内科学助教授・津川友介氏による、この本に出てくる唯一のリップサービスだ。
同氏はハーバード大学で研究論文から科学的根拠を読みとくことを学び、自身もそうした研究を行っている研究者。そのため、本書を通して津川氏の主張や論理展開はすべて科学的な知見と学究的な態度で一貫していて、何より優先されるべきは「科学的根拠」なのだ。
私たちの食習慣や一般常識も科学的根拠がなければ一刀両断。
- できるだけ白米は減らすべき
- 「炭水化物を減らして赤い肉を食べて良い」は間違い
- 日本食か健康に良いというエビデンスはない
と万事がこんな具合で、容赦がない。ただ、それも正しい健康についての情報を伝え、読者が世の中に数多ある怪しい話を信用しないようにするためなんだろう。
津川氏はこの本の目的について、
どのような食事をすれば脳卒中、心筋梗塞、がんなどの病気を減らし健康を維持したまま長生きできる確率を上げることができるかを説明することである(p.38)
としている。
その上で「健康になるという観点において、現時点で最も『正解に近い』と考えられている食事」(p.13)について幅広いエビデンスを参照しながら詳しく解説する。
何を論ずるにも根拠はエビデンス。とにもかくにもエビデンス。健康情報では一個人の経験が一般論よりも耳目を集めてしまうケースがあるが、キャッチーさよりエビデンスだ。
「エビデンス」については、次のように説明されている。
科学的根拠のことを私たち専門家は「エビデンス」と呼ぶ。エビデンスにはレベルがあり、最も信頼できるエビデンスのことを「エビデンスが強い」と表現し、あまり信頼できないエビデンスのことを「エビデンスが弱い」と表現する。
津川氏がいかにエビデンスを重視し、科学的な態度を貫いているかは巻末についた膨大な量の註釈を眺めるだけでよく分かるが、例えば、筆者がバターが体に良くないと考える理由について説明した箇所を見てみよう。
バターが体に悪いという考え方は、元々は悪玉(LDL)コレステロールを上げるからという観察研究にもとづいている。実は、バターの摂取量と病気のリスクとの関係に関するエビデンスはそれほど強くない。2016年に発表された観察研究をまとめたメタアナリシスによると、バターの摂取量が大さじ1杯(14g)/日増えるごとに全死亡率がごくわずか(1%)であるが統計的に有意に上昇した。一方で、バターの摂取量と心筋梗塞や脳卒中との間には関係は認められなかった(そしてバターの摂取量が多い人ほど糖尿病のリスクが低いという結果が得られた)。もちろん観察研究なので因果関係を述べることができないが、総合的に考えると、新しいエビデンスが出てくるまではバターはできるだけ摂取しない方が良いと筆者は考えている。(p.173)
こうなんだから。
万事がこうした念入りさを持って議論され、全てエビデンスを手がかりに常識を覆していく展開は、一見地味かと思いきや、とてもスリリングな知的好奇心に満ちた作業だ。今まで当然と思っていたことが、科学的知見をもとにひっくりかえされる様はきわめて痛快。
要所要所に挟まれるコラムも目を引くものばかり。テーマをいくつか拾ってみると
- 乳製品はほどほどが望ましい
- オーガニック食材でなくても健康は問題ない
- グルテンフリーにする必要はない
- 日本食には2つの問題点がある
などなど、先が気になって仕方ないものばかり。
はっきり言おう。この本は、健康な食事を心がけている人はぜひ一度目を通してみてほしいマスターピースだ。とにかく面白い。