新政 生成 2019 -Ecru-(秋田・新政酒造)

新政の生成(エクリュ)2019を飲む機会があった。

それなりに日本酒を飲んだ経験を持ち、自分の好きなお酒を言語化できるくらいになった人ほど、新政というお酒について語るのは難しい。

一つには「新政」という名前から想起される、途方もない歴史と圧倒的な情報量のために、そしてもう一つは、つい「ああ、新政ね」と言えば、なんとなく知った風に見えるほどの突き抜けた知名度ゆえに。

新政と言えば、2010年代において日本酒のひと時代を作った超ビッグネーム。現存する最古の清酒酵母の発祥蔵として知られる著名な蔵であるため、語り継がれるエピソードもスケールが違う。

例えば、五代目となる佐藤卯三郎は大阪高等工業学校時代にニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝氏が同窓生だったそうだが、同校では「西の竹鶴、東の卯兵衛」という優秀な2人を讃える言葉があった、といった話はその一例だ。

ただ、名前の裏に連なる歴史の蓄積以上に、私たちが新政と聞いて思い浮かべるのは現社長・佐藤祐輔氏になってからの新政酒造が続けてきた意欲的な取り組みの数々ではないだろうか。

同氏を取り上げた記事や論考を探せば、それこそ枚挙にいとまがないが、まさに「ひと時代を作った」という表現が大げさでないほど、新政は酒もイメージも、そして情報発信さえも新しく、存在そのものが革新的に見えさえした。

なじみの地酒屋や日本酒に力を入れた飲食店に通う人であれば、一度は「祐輔さんという人はね…」と、その人柄や妥協なき酒造りへの姿勢、未来を見据えたビジョンについて聞いたことがあるはずだ。

当時はまだ珍しかった“日本酒らしくない”ラベルデザインや、スタイリッシュで計算された商品コンセプト、音楽やサブカルへの祐輔氏の造詣の深さまで、あらゆる要素が「業界の最先端を走る新政」へと収斂し、「新政」という名前そのものがある種のバズワードになっている感さえあったのだ。

とこで、先に日本酒好きほど「ああ、新政ね」といったことを口にしやすいと書いた。この時に飲み手が思い浮かべる新政のイメージとはどんなものだろうか。

ある時点以降、多くの人が持つ新政に対するファーストインプレッションはプレミア酒としての新政から切り離すことができないだろう。人気の沸騰に伴い、当然ながら場所を選ばずに購入したり、味わったりすることは難しくなった。

プレミアがついた途轍もない人気、複雑で難解ささえ感じさせるコンセプト、派手な名前に膨らむ期待感、そして完璧さへの希求を覗かせるクオリティ。

触れることがあまりに難しく、常に「完成品」のような佇まいを見せる仕上がりに、いつしか新政という酒は、目の前の一杯に向き合うよりも「体験」や「出会い」を楽しむものになっていく。

言い換えれば日本酒ファンなら誰しも味わってみたいレアな銘柄、出会いそのものに感謝するイベントになったのだ。繰り返しになるがある時期の新政はそれほど伝説化していたし、こうした背景がなければ「ああ、新政ね」という反応は説明できない。

ただ、そうした派手で煌びやかなイメージや主に需要サイドの要請によるブランドの飛躍と裏腹に、新政は年々シンプルに、求道者のように進化を続けていく。新政の公式サイトを覗くと「当蔵の方針」の冒頭に出てくるのは次のような一文だ。

秋田県産米を生酛純米造りにより六号酵母によって醸します。

新政酒造

まさに新政の酒造りを単純明快に説明した文章だと思う。派手なイメージも一見わかりにくい世界観も、全てはこの酒造りの姿勢を禅僧のように追求した結果としてのアウトプットにすぎないのだと思う。

ただ世に氾濫する新政についての語りや「ブーム」という軽薄な消費行動は、この変わらない新政の姿勢を見えにくくする。新政の本質とは、そうした商品の流れにおける下流での騒々しさや狂騒とはかけ離れた、シンプルな酒の旨さの追求だ。

ひと口、エクリュを含んだ瞬間、頭をよぎったのはこんな考えの流れだった。

そしてこう思う。旨い。

とても素晴らしい酒だ。持てる最上級の感謝を贈りたい。造りごとの変化を感じるためにも、手に取る機会があれば見過ごしてはいけない一本だろう。

飲んだお酒:新政 生成 2019 -Ecru-
醸造元:新政酒造(秋田県秋田市)
醸造年度:令和1年度
原料米:酒こまち
使用酵母:きょうかい6号
精米歩合:麹米55%、掛米65%
アルコール度数:14度(原酒)
日本酒度:非公開
酸度:非公開