フィクションの嘘と海を越えるおなら。映画『スイス・アーミー・マン』

スイス・アーミー・マンがすごい。いろんな意味で衝撃作だ。

サンダンス映画祭のプレミア上映で関係者を驚かせ(眉をしかめさせ?)、さらには最優秀監督賞を受賞という離れ業をやってのけ、その後も世界の映画祭で注目を集めたという同作。

日本の国内では「奇想天外な青春・サバイバル・アドベンチャー」という、いかにもドタバタが起こりそうなコピーがつけられているが、ざっくり内容をまとめるなら次のようなもの。

自殺をしようとしていた主人公のハンク(ポール・ダノ)が、スイス・アーミー・ナイフのようにさまざまな便利な機能が備えられたメニー(ダニエル・ラドクリフ)の死体を見つけ、2人が友情を育みながら故郷への帰還を目指すというストーリーだ。

無人島での出会いは、時に清々しいほどバカバカしい設定を淡々と映し出し、時に恋や友情の苦悩をちりばめた青春映画風の時間を描き、一風変わったアドベンチャー映画として展開していく。

例えば、こちらはスイス・アーミー・マンのメインビジュアルのひとつ。

ハンクがメニーにまたがって海面を疾走しているが、もはやあまりに有名になった、この時の推進力はだ。そう、お尻から出るおなら

映画冒頭、思いつめたハンクは首を釣り命を断とうと試みる中で、メニーの死体を発見する。ほどなくして、メニーからは異常なほどおならが発生していることに気づき、ジェットスキーのように海を越えていくところから物語は始まる。

この時点では、鑑賞者には何の説明もなく、(事前情報がなければ)ファンタジーとして解釈すればいいか、シリアスに受け止めればいいかもわからない。シリアスな現実として受け止めるというのも難しい話だけど。

公式サイトではメニーの機能が詳しく紹介されているが、どれも発想が斜め上、というか荒唐無稽。こうした謎設定も含め、不気味な死体を淡々と演じるダニエル・ラドクリフはさすがの一言だ。

スイス・アーミー・マン公式サイトのスクリーンショット:http://sam-movie.jp/

ところで、中身までネタバレしちゃうプロモーションは日本だけと思いきや、海外版の公式サイトもなかなか手が込んでいる。

Swiss Army Man公式サイト http://swissarmyman.com/

メニーをドラッグすると、重力に引っ張られる脱力した体を持ち上げることができ、お尻をクリックすると映画についてのツイートが表示されるというこだわりぶりなのだ。

この映画がもし単純なコメディ映画だとすれば、笑いどころになりうる(実際、上映中は笑いが起こっていたが)設定の数々を、ここまでつまびらかに紹介する道理はない。漫才ライブでネタの笑いどころが説明されたプログラムが配布されれば客は興ざめしてしまうだろう。

私が思うに、スイス・アーミー・マンは、上品とは言えないジョークを数多く盛り込んだ、わかりやすく笑える内容である一方、実は見る者に深いテーマ、難しい問いかけを投げかけている作品ではなのではないか。

映画で超自然的な現象が起きた時、私たちはしばしば「ああ、映画だからね」とか「そういう設定ね」という感想を持つ。

今作の中で、深く結びついた2人(1人と1体)の関係は、2人以外の人間=世界と接することで終局を迎えることになる。ああ、死体はやっぱり死体なんだ。やっぱり、おならでは何も動かない。ハンクの見た幻だったのか、一人芝居だったのか、と。

しかし、クライマックスでこうした私たちの常識がもう一度揺さぶられる瞬間が訪れる。映画を見る人はここでもう一度考え込むかもしれない。一体、どういうことなんだ、と。

つまり、先に挙げた今作に隠された問いかけとは「映画の現実とは何か」とは何か、ということなのだ。

死体は動かないものだし、もちろん話さない。それは映画の嘘だ。だが、そんな嘘はもっともらしい形で作中にいくらでも数えられる。市街地に近づいた途端そんな都合よくピンチは訪れないし、ゴールにたどり着いた場所だって夢と思い違いをしても仕方のないところだった。

だから、私はやはりメニーは死んでいながらにして動いていたし、ハンクの親友となりえたし、スイス・アーミー・ナイフよろしく便利で(ぶっ飛んだ)機能を備えていたと信じる。2人の真剣な姿勢には、支離滅裂でも、現実を超えるリアリティがあるのだ。

ツイートにならってこう言おう。日本よ、これが映画史に残るおならの名作だ。もうネタだよね「日本よ、◯◯」は。

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。