映画「サイドウェイズ」がアメリカのピノブームを呼んだというけれど

ぶどう品種名ワインが基本のアメリカ。90年代以降のカリフォルニアで人気が高まり、栽培面積を増やしていったのがメルロ種だという。

メルロといえば、フランスはボルドー地方のものがよく知られているが、新世界で最も成功したメルロとしてカリフォルニアの名前が挙がることも多い。

そんな流れが変わったのは2000年代に入ってから。アメリカではピノ・ノワールブームが訪れることになるが、一役買ったとされているのが2004年のアメリカ映画「サイドウェイズ」だ。小日向文世と生瀬勝久が出演する同名の日本映画は同作のリメイクで、アメリカ版はアカデミー賞で脚色賞を受賞している。

この間、久しぶりに見てみたら、すごく楽しかったけれど何がそんなブームにつながるかは一向にわからなかった。良い映画だし2時間夢中になって見たのだが。

※途中から、ネタバレではないけど、自由な解釈の楽しみを損ないかねない記述があります

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私はこの映画はヒマな大学時代に一度見ていて、当時は「大人の映画」なんだなくらいにしか思わなかったように思う。予告編や広告を記憶する限りでは、アメリカの新聞や雑誌もワインに重ね合わせて「傑作だ」くらいのことは言っていた。

だけど改めて見直してみると、成熟したワインのように甘美で大人のラブストーリーというより、悩める主人公と楽天的で能天気な親友のドタバタ・ロードムービーのような印象を受けたわけだ。

主人公のマイルスを演じるのはポール・ジアマッティ。小説家に憧れる英語教師で、前妻との離婚を未だに引きずっている男だ。そして、マイルスは作中では”ワイン通”、というか頑固なワインおたくとして描かれている。

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トーマス・ヘイデン・チャーチ演じるのが、マイルスの親友ジャック。落ち目のTVスターだ。

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一週間後にジャックの結婚を控え、2人は同じカリフォルニアのサンタバーバラ郡サンタイネスヴァレーへと旅に出る。目的は表向きワイナリー巡りだが、ジャックは女遊びしか考えておらず、様々なドタバタが持ち上がるというストーリーだ。女性役2人とも、旅先で出会い、交流を深めていくことになる。

マイルスは屈託した男だ。妻との離婚を未だに気に病み、精神安定剤を飲んでいる。エージェントを通じて働きかけている小説の出版は首尾よく運ばず、こうありたい自分の理想と現実のギャップにも苦しめられている。

そんな彼が強い自分として振る舞える(ように見える)のがワインと関わっている時間だ。ワイナリー巡りでは、マイルスはジャックにワインのテイスティング法を指南し、豊富な知識もさりげなくひけらかす。どこか教条主義的で頑固な面を感じさせなくもないが、ワインを愛し(モチベーションの元は不明ながら)ワインに対する熱い情熱を持っていそうなことは間違いない(ただ、いかんせん女の子としか考えていないジャックには、ワインについての講釈は届いていないようだ)。

マイルスは数あるぶどう品種の中でも、とりわけピノ・ノワールを信奉のようで、この繊細な品種の栽培がどれほど難しく、生まれるワインがいかに素晴らしいかを繰り返し口にする。

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逆に、他の品種への憎悪は並々ならぬものがあり、試飲をさせてもらっているワイナリーでも、気に入らない品種から造られたものだとわかると悪態を吐きまくる始末。

「カベルネ・フランから偉大なワインは生まれない」

「メルロ種は大嫌いだ、死んでも飲まないぞ!」

と言いたい放題だ。(私はワインについてそれほど詳しくないが)ワインのことを知っている人が見たらわかるように、こうしたマイルスのワイン通の設定には嘘がある。この時点では、そうした破綻に自覚的なのかそうではないかは判断できない。

物語で重要な役を担うのが、ヴァージニア・マドセン扮するマヤ。

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マイルスの知り合いで、サンタ・バーバラのレストランで働くマヤは、シティカレッジに通い醸造学を学ぶほどのワイン通。ゆくゆくはワイン造りに携わるのが夢だ。

マイルスはジャックにけしかけられてマヤを意識するようになり、彼女のワインの知識をリスペクトし、異性としての魅力に惹きつけられていく。

マヤの友人でジャックの(一時的な)恋人・ステファニーの家でワインを飲む場面で、マイルスのワイン通としてのアイデンティティが揺さぶられる出来事がある。

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ワイナリーで働くステファニーの家には、貴重なワインが数多くストックされている。ここで開けたワインについて、マイルスは「悪くないね」といった評価を下す。すると、マヤは「そうかしら。アルコール分が強すぎて果実味が消されている」といった見方を披露する。このやりとりは、”ワイン通”のマイルスが、専門的な知識と経験を持つマヤには及ばないことを示唆しているように思う。

そして、もう少しあと玄関のソファで2人で語り合う場面、マヤはマイルスに「なぜピノなのか」と核心に迫る質問をする。マイルスはピノ・ノワールについて、栽培が難しくどこでも育つカベルネとは違う、という話し、それに対してマヤが大人の返しをしても、素直に受け止めることができない。

映画もこの辺りまで進むと、鑑賞者にもマイルスのワインへの情熱が軽薄で嘘くさく見えてくる。彼はメルロやカベルネを憎むと言いながら、自分のコレクションの最高の1本は1961年のシュヴァル・ブランだとし、かつて元妻と飲んだいうオーパス・ワンを眩しい思い出のように語る。どちらもあれほど敵視していた品種を含むワインだ。

ここへ至って、マイルスの錯綜したワインへの態度は、彼の苦悩の複雑な心境の投影なのではないか、という気がしてくる。ピノを信奉するのは、「どこでも育つカベルネとの違い」を簡単には実らない小説家への夢と重ね合わせているから。思い出としても、現実的な宝物としても、憎んでいるはずのワインを大切にしているのは妻への未練が断ち切れないから。

そして、シュヴァル・ブランは別れた元妻と乾杯するためにしまい込んでいたのではないのか。

ジャックの結婚前祝いの場で、マイルスは元妻がお酒をやめたことを知る。彼女は再婚し、妊娠していたのだ。未だに思いがあったジャックは打ちひしがれ、シュヴァル・ブランを持ってハンバーガーショップへ。なんというペアリング!鳥肌たつわw

ただこの奇妙な儀式を経ることで、最後の場面でマイルスは次の一歩を踏み出すことができたのだろう。ワインに重ね合わせてドラマを描き切った素晴らしい作品だ。

ただ、やっぱりピノがなんでブームになったのかはイマイチわからん。

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