「青鹿毛」好きな僕が、大河ドラマより面白い柳田酒造の話をしようか

好きなお酒の話をします。今回は青鹿毛・赤鹿毛

焼酎が飲みたい時に行く店が何軒かあるのですが、そのうちの一軒、新橋のぶどう家さんでよく青鹿毛のソーダ割りを飲んでいます。↑の写真はぶどう家で撮らせてもらったもの。

麦チョコのような独特の香ばしさと、焼酎の甘みとコク。とても美味しい。例えばソーダ割りなんかだと、爽やかさもキャラクターも欲しいときなんかにピッタリの銘柄です。もちろん赤鹿毛もね。赤鹿毛の話はまた後で。

この間、蔵でお話を聞く機会があったので、ぜひ多くの人に知ってほしいと思いまして。面白い話ばっかり。

ちなみにこの青鹿毛、牛乳で割っても絶妙。

ウイスキーにカウボーイという飲み方がありますが、その焼酎版。このお酒を造っている柳田さんも「焼酎カウボーイ」をオススメしていました。家でもできそうなので真似してみたいですね(レシピは最後に)。

赤鹿毛、青鹿毛。最初はこの名前が気になったんですね。馬かな?と。

余談ですが、子供のころ『みどりのマキバオー』という、いろんな意味で衝撃的な競馬マンガがありましたが、ライバルのカスケードの馬体の色が青鹿毛でした。話が逸れました。

柳田酒造5代目とお父さんのゲンコツ

この2つの焼酎を造っているのは、宮崎県都城市にある柳田酒造

柳田酒造合名会社

null

明治35年(1902年)創業の老舗酒造で、現在の代表・柳田正さんで五代目になる蔵です。

柳田さんは、焼酎の次世代を引っ張る中心人物の一人としてメディアにもよく登場していますね。

2016年9月号のdancyu焼酎特集では、熱い「蒸留」の話をしていました。

蒸留といえば柳田さん。機械や使う道具は自分が納得するまで調べ、使いやすいようにメンテナンスするという、自分でなんでもやってしまう造り手さんです。

注目の焼酎4蔵が伊勢丹に登場! 焼酎ネクストウェーブに乗り遅れるな | FOODIE(フーディー)

雑誌「dancyu」でも話題を集めた次世代の焼酎4蔵が対談。宮崎県の<黒木本店>黒木信作さん、<柳田酒造>柳田正さん、鹿児島県の<小牧蒸留所>小牧伊勢吉さん、<大和桜酒造>若松徹幹さんが、これからの焼酎の未来を語ります。

dancyuでも話していましたが、子供の頃から気になるものは分解して調べていたといい、よく4代目となるお父様に怒られていたそう。ラジカセの構造が知りたくてバラバラにしてしまうというんですから、すごい好奇心。

柳田さんが蔵に戻る前の仕事はエンジニア

以前に聞いて印象的だった言葉は「エンジニアリングには答えがある。焼酎造りには答えがない。似ているところもあるけど、全然違う。難しいけどやっぱり焼酎は面白い」というものでした。

 

ちなみにお父様・柳田勲さんは空手の達人(県の空手連盟相談役、ナショナルチームスタッフを歴任)だったため、ゲンコツの威力も並外れだったとか。子供ながらに「この人には逆らわない方が良い」と思っていたとは柳田さん談。

なんでもかんでも家のものを分解していたら、ゲンコツも食らっちゃいますからね。

「むぎ焼酎」という焼酎を知っていますか

柳田酒造と言えば、麦焼酎の他にも芋焼酎も造っています。それがこの千本桜

すごく貴重な写真!これは蔵に行った時に見せてもらいました。左の瓶はすごく歴史を積み重ねた雰囲気が出ています。

千本桜は創業の1902年から造り続けていた焼酎ですが、4代目の時代に一時製造をストップ。現在の5代目蔵元が2013年、35年ぶりに復活させるまで、造っていない銘柄でした。

左の瓶は中止前に販売されていたものの現物です。

じゃあ千本桜の製造をやめてどうしたかというと、1978年に柳田酒造はむぎ焼酎専門蔵へと変わりました。これが当時の製品の写真。

すごくないですか?

銘柄の名前が「むぎ焼酎」ですよ。創業以来続く芋焼酎の製造をやめるのは苦渋の決断だったと思いますが、それも時代が見えていたからこそ。当時のむぎ焼酎を代表する蔵へとなっていきます。

この頃、蔵に造りを学びに来た人は少なくないそう。現在の麦焼酎シーンの礎を作ったと言っても過言ではありません。

ちょっと話は変わりますが、不思議な巡り合わせで柳田酒造は代々次男が継いでいるそう。先代のお兄さんは、東京農業大学醸造学科で多くの杜氏を育てた柳田藤治さん。この世界では誰もが知るレジェンドです。学びに来た中にも、藤治さんが引き合わせた人が多くいたようです。

さて、むぎ焼酎は後に「駒」に名前を変えます。現在まで続く柳田酒造の看板商品ですね。

勘の良い人ならもうお気づきの通り、やはり馬なんですね。

銘柄名にはこんなストーリーが。

宮崎は当時、とても人気のある旅行先だったそうですが、先代は地元を代表するものを焼酎の名前にしようと思い、宮崎を訪れた人にいろいろと話を聞いたといいます。そこでよく聞かれたのが、都井岬の雄大な光景の中で見た馬がすごく印象的だったという話。

都井岬について|串間市観光物産協会サイト

【御崎馬(みさきうま)】 …

そこで、宮崎の誇れるものであること、そして都井岬の馬のように軽やかに、伸びやかに育ってほしいという思い、これらが相まって駒という名前に決まったわけなんです。

駒、さくらんぼのような甘く酸味のある香りが特徴的で美味しいですよね。

悲願の千本桜復活へ

さて、5代目となる柳田正さんが蔵に戻って最初に考えたのは、「千本桜を復活させたい」ということ。

柳田さんがまだ20代だった当時、世は焼酎ブーム前夜。蔵の伝統の芋焼酎を復活させ、勝負したいと考えたそうです。

付き合いのある酒屋さんに千本桜の復活を宣言していたところ、地元・西都城にある酒屋さんからは「それは違う」との言葉。

「お父さんお母さんが造ったお酒を大事にしてから芋焼酎を造るのでも遅くない。まずは自分らしい麦焼酎を造ったらどうか」と言われ、考えを変えたといいます。そうして取り組んだのがデビュー作となる赤鹿毛

赤鹿毛 – だれやみ 宮崎県焼酎サイト

素朴で柔らかい麦焼酎を目指して、さまざまな試みの中で、もろみの沸点の独特の個性を発見し、誕生に至りました。…

焼酎には常圧蒸留と減圧蒸留がありますが、柔らかい酒質を目指した赤鹿毛は中間圧。いろいろと試行錯誤するなかで、もろみの沸点が中間くらいで蒸留した時の個性に出会い、それを再現するために蒸留器に手を入れたどりついたのがこの銘柄。

dancyuの蒸留器のカスタマイズの話はここにつながってくるんですね。

その後、麦の美味しさを表現した青鹿毛が誕生し、蔵に戻って10年が経った頃、いよいよ千本桜に取り組みます。麦焼酎で注目を集めてからも、千本桜の復活を忘れたことはなかったといい、いよいよ環境が整ったと感じたそうです。

そして、2013年に千本桜を復活。体調が思わしくなかった先代も現場に戻り、蔵一丸となって造り、世に送り出しました。その時の喜びは言葉にできないほどだったとのこと。

「母智丘 千本桜」の復活|柳田酒造合名会社

当社には、2013年に35年ぶりに復活させた「千本桜」という芋焼酎があります。 1978年、先代の4代目が40歳の時、当蔵は、芋焼酎の製造をやめ、「むぎ焼酎専門蔵」になりました。 …

蔵に歴史あり、お酒に歴史あり。

千本桜で柳田酒造を知って、ぶどう家で毎回青鹿毛を飲むようになって、ここまで話を聞いてすべてが1本になったような嬉しさ。大河ドラマですよ。壮大。これからも応援していきたいです。

ここからは夏に蔵を見せてもらった時の様子です。

麦焼酎の酒母。ボコボコボコボコ。温度管理が大切です。

少し味見。とても酸っぱい。でも麦の味がしっかり。元気が出そうな味です。

焼酎カウボーイの作り方教える

そうそう、焼酎カウボーイのレシピです。

材料は牛乳、ブレンディ(インスタントコーヒー)、青鹿毛、キャラメルシロップ。

グラスに氷を入れて、牛乳、焼酎を入れて、コーヒーを適量。

シェーカーで混ぜるか、ハンドミキサーで混ぜる。

出来上がりです。これが、美味しいんだ。

青鹿毛の香ばしさとコーヒーの苦み、牛乳のまろやかさが絶妙のハーモニー。

試してみてください。

「焼酎」なら、このあたりも読んでみて
鹿児島の夜は焼酎がなきゃ。200銘柄が揃う天文館・みかんで焼酎三昧
蔵を見学して大和桜酒造のテッカンさんが教えてくれた焼酎のこと
孤独のグルメにも!食堂とだかは旨み×旨み×旨みで気絶するほどウマい

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。