横浜で思い出して、脱線。過去のこと、YUKIのこと、人生の転機のこと

横浜のみなとみらいにやってきました。いい天気。上着がいらないほどの陽気で、もう桜もところどころ咲いているような感じです。

なんて面白くない書き出しでしょうか。自分でもビックリしています。

もう一度やり直しましょう。

地元が東京の八王子だったので、高校生の頃のデートでちょっと遠出の行き先となるのがこの辺りでした。横浜線で1本で出られるので。近場だったら立川、トガってる奴は町田、国分寺より向こうは別の世界って感じです。

僕も一度、桜木町まで来て赤レンガで何かをしたような記憶があるんですけど、過去の記憶が本当に残らないので何も覚えてません…。同じクラスの仲の良い女友達(彼氏あり)と、横浜で、あーだめだ思い出せない。

また失敗でした。もう1回だけチャンスをください。

大学を卒業してから東京に戻って、サラリーマン的な意味では、すぐには就職しませんでした。何をしていたかというと、大学時代にイベントの仕事をしていたこともあり、こっちでも大道具の仕事なんかをしていたんです。

余談ですが、そのころの僕はお笑いが好きでいつかダウンタウンと関わる仕事がしたいと思っていたのですが(新卒でテレビ局を何個か受けて、バラエティがやりたいって言って何個か結構残ってたんですけど、結果全部落ちたけどね)、一度「ガキの使い」の笑ってはいけないのセット作りに参加した時はなんとも言えない気持ちでした。嬉しいのか何なのか。

でも、どっかで違和感というか、(若かったので)悔しさみたいなものを感じ、演者でもない、裏方としても一端にもならない、みたいな自分の立ち位置が、それで年明けに膝をケガしたのをきっかけに別の仕事を探し始めたんですけど。

当時は結構現場の連勤が多くて、夜中テレビ局にいたかと思えば、朝からは武道館、夕方からはビッグサイト、とかそういうのが多くて大変だったんですよ。銭湯の場所と電車の接続にはやたら詳しくてね。最近ヨッピーさんの記事とかでよく「整う」ってフレーズが出てきますけど、確かに僕も10年くらい前は「水風呂に入ると時間が止まる」とか「水と一つになる」とか言って、周りの友達や知り合いをポカンとさせてたのを覚えてます。

それである時、夜の22時集合で横浜のどこかの現場があって、多分パシフィコか大さん橋ホールどっちかなんですけど、次の現場が朝から武道館だったんです。で、もし始発の前に横浜が終わったら微妙かなと思って家の車で行ったら、まさかのフルフルで7時までかかったんですよ。

そっから車で武道館で向かうものだから、高速も混みまくりで1時間じゃ着かない。結局、眠さと戦いながら開始15分前くらいに到着してもうヘロヘロ。起きてるけど白昼夢に襲われるような状態で、科学館を見た時なんか一瞬で意識が小学校時代の遠足にトリップして、同じクラスの女子が国会にカッターで落書きして途中から連れ去られたシーンにいましたから。

で、その日の現場はYUKIのライブで、YUKIは昔付き合ってた彼女とか、大学時代になんか勝手に居候してた先輩とかが好きだった影響で結構好きだったのかな。

YUKIweb.net

ソニーミュージックによるYUKI(ユキ)公式サイト。最新情報、曲の試聴、プロフィール等。

で、フラフラだけどセット設営はルーティーンだし、当時は体力があったしでつつがなくこなして、バラシまではやることがなくなります。覚えてないけど、本番中とか何してたのかな。多分、ステージ裏とかでは聞けたというか、音は聞こえるくらいだったと思ったんですけど、その時に聞いた「プリズム」か「ワンダーライン」が神がかってて、メチャクチャ格好良くて。

プリズムがいいところで歌われていたくらいだし、ソロの何周年かのライブですかね。で、さっきのダウンタウンと前後するんですけど、ああ俺も涙の川を泳がないといかん、と。何か新しい旅に出ないと、と思って、そのくらいで違う人生について考え始めたんです。

それから元々文章を書いたり、ライターの手伝いとかをしたりしていたのもあって、編集・出版の道に進み、微妙に広告の仕事も織り交ぜつつ、5年前に今の会社に入って、webの編集をやるようになって、2年前からは自分の雑誌を持つようになり、それがお酒の仕事なんですけど、最近は色々とお酒の縁でたくさんの人に会うことができてるんです。

で、今回もそういうあれで横浜にやってきたのは、毎年恒例のチャリティ試飲会「酒は未来を救う」というイベントに出るためだったのでした。

ておい、書き出しめっちゃ長いじゃん。脱線しすぎたから、「酒は未来を救う」の話は今度にします。

いや、心を動かされたのはビスケットだったかな。