米中間選挙と日本で2番目くらいに分かりやすい『華氏119』の解説

『華氏119』は中間選挙の結果を言い当てた?

11月6日、国民が大統領の政権運営に評価を下す米中間選挙が行われた。事前の予想通り上院では多数派を占めたが、下院では民主党が過半数を奪い返し8年ぶりに多数派となった。

これにより議会(下院)と大統領のねじれが発生し、トランプ大統領は今まで以上に難しい政権運営を求められることになる。当のトランプ大統領はこの選挙結果を受け、Twitterで次のように反応している。

相変わらず強気の姿勢を崩さずといったところで、負け惜しみに見えないこともない。ただ共和党が見せた選挙戦後半の巻き返しの勢いは、2年前の(ある人々にとっての)悪夢を思い出させるのに十分だったとする現地からのレポートもあった。

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個人的になにより印象的だったのは、今回の中間選挙の結果や民主党が下院奪還したことの盛り上がりが、マイケル・ムーア監督の最新作「華氏119」が描いた、アメリカで起きている力強いムーブメントとひとつながりの現象だと感じられたことだ。

もし映画のエンドロールの後に、今回の中間選挙のハイライト映像を繋ぎ合わせても全く違和感がないのではないか。そんなことを思わせるに十分なくらいに、「華氏119」は中間選挙の結果を予言していたように思う。マイケル・ムーア監督も開票後に喜びを表していた。

そう、長く共和党に反対する立場をとり、トランプ大統領に対しても批判の手を緩めないムーア監督にとっては、まぎれもない大きな「VICTORY!」だったことだろう。

トランプ大統領だけにフォーカスした映画ではない

ところで、CMや予告で目にした人もいるかと思うが、「華氏119」にはこんなキャッチコピーがつけられていた。

個人的に考えたのは「この映画が公開されれば、トランプ王国は必ず崩壊する」とはどういう意味なのかという点。

2016年7月に「大統領選にトランプが勝利する5つの理由」というエッセイを書き、トランプ政権の誕生を見事に言い当てていたマイケル・ムーア監督だが、この言葉を文面通り受け取るとこの映画について間違った予断を抱くことになる。

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この映画は、トランプ大統領の未熟な政治手法や実現可能性に疑問符がつく公約、あるいは耳を疑うような問題発言ばかりにフォーカスを当てているわけではない。2016年の大統領選に始まり、ミシガン州フリントの水質汚染、ウェストバージニア州の教員ストライキ、フロリダ州パークランドの高校銃乱射事件をめぐる訴え…と国政から州レベルまで、アメリカが抱える様々な問題が映し出されている。

映画評論家の町山智浩氏はこの映画について次のように解説している。

話題は気まぐれにあちこちに飛び、横道にそれ、また戻ってきては、またどっかに飛んでいく。 さらにそのスピードと情報量はすさまじく、理解しながら追いつくのは至難の業

他ならぬマイケル・ムーア自身も、米ハフィントン・ポストのインタビューに対し「華氏119」はトランプを批判する映画ではないという考え方を示していた。

単にトランプを取り除くためにこの映画を作ったわけではないんだ。この映画のテーマはさらにシリアスなんだよ。

「華氏119」は“21世紀のファシズム”の映画だ。マイケル・ムーア監督がいま日本人に伝えたいこと | HuffPost Japan

先ほどのコピーに沿って言えば、『華氏119』はトランプ王国を崩壊させることを企図して作られているのではなく、もっとシリアスなアメリカの危機的状況を描き出している。ムーア監督は、そうした問題意識を多くの人が共有できれば必然的にトランプ王国は崩壊する、と考えているのではないだろうか。

「支配層」への民衆の強い怒り

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確かに、今回の中間選挙で上院と下院にねじれが発生したことにより、オバマ大統領がそうであったようにトランプ政権はこれまでのような(ある種、強権的な)実行力を発揮できなることが予想される。そうなると、トランプ氏の暴言や差別発言に目をつぶってまで、「何かを変えてくれそうな」期待感に賭けた支持者たちが離れていき、2020年の大統領選でトランプ氏が再選を阻止されるのは十分に考えうるシナリオだ。

では、そうした結果につながる、ムーア監督が伝えようとした「シリアスなテーマ」とはなんだったのだろうか。

言葉足らずを恐れずに言えば、それは一つには「民主主義に対する諦念」、もう一つは「市民の団結を分断する力」、そして「無関心が引き起こす今より悪い未来」なのではないかと私は考えた。

このような視点は、『華氏119』がまとめ上げている一見バラバラな(そして日本の観客には分かりにくくも感じる)事象について理解する助けになる。また、共和党に反対する立場であるムーア監督が、なぜ民主党をあれほど手厳しいやり方で描いているのかも納得できる。

ムーア監督はバーニー・サンダース上院議員を支持しているが、もちろん彼が民主党やヒラリー・クリントン元国務長官を批判した理由はそればかりではない。

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ヒラリー氏は、選挙戦中にメール問題で民主党支持層の信頼を取り戻すことができず、ウォール・ストリートでは講演の謝礼として莫大な金額を受け取り、民主党の勝利を確信しラストベルトでの選挙活動をおざなりにした。後から振り返れば失敗ばかりで、トランプ氏には反対するが、さりとてヒラリー氏には投票したくないという人がいたのも納得できる。

ただ問題はヒラリー氏ばかりにあるのではなく、民主党自身にもある。ムーア監督はアメリカが元来「リベラルの国」であったことを説明しつつ、ある時代から民主党が共和党と変わらないような政策を打ち出すようになったことを暴露する。民主党の大統領候補を選ぶ予備選では、サンダース氏がヒラリー氏よりも多くの票を獲得していても、スーパー代理人たちによってその結果は覆された。

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映画では、党派性を超えて一部の特権的な階級にいる人々を「エスタブリッシュメント」と呼び厳しく攻撃しているが、自らが応援したい政治家がいなくなった時、人はどのように行動することになるか。

このことは日本でも馴染みがある。「無投票」だ。

ムーア監督が希望を見出した政治のうねり

映画の中の時間で言えば、ここまで10分程度しか経っていないと思う。

この後、映画は先ほども触れたようなアメリカが抱えるいくつもの社会問題をクローズアップしていく。政治に対する不信感を強め、団結を分断させられる。とは言え、貧しい人や弱い立場の人がより悪い立場に追いやられる仕組みは容易に変えられるものではない。

作品には描かれていないが、そうした人々の中には大統領選挙でトランプ支持に乗り換えたケースも少なくなかったという。

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何も希望が持てないのならトランプの方がまだなんとかしてくれるのではないか。彼は「私は金があるのでウォール・ストリートの言いなりにはならない」と言っているーーそんな甘い希望を持って。

ムーア監督はこうした状況をどう見ていると考えるべきか。力のない者は指を加えてただ現状を受け入れるしかないのか、あるいはトランプに乗り換えるしかないのか。

いや、ムーア監督はどこまでも諦めず、そう簡単には投げ出さない。彼はトランプ氏の信用ならなさと、無関心が引き起こす今よりも悪い未来も丁寧に描き出した上で、市民が自分たちの手に政治を取り戻そうとする「草の根の選挙運動」に希望を見出すのだ。

その一人として登場するのが、中間選挙でも大きく取り上げられていたアレクサンドリア・オカシオ・コルテス氏だ。

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女性下院議員としては最年少として当選した、現在29歳のコルテス氏。『華氏119』では、アメリカの政治に行き詰まりを感じ、またバーニー・サンダースの影響を受け「誰もやらないなら自分が」とニューヨークで民主党の予備選に出馬する様子が描かれている。その後、民主党のNo.4である現職のジョー・クローリー議員を破り、そして本選でも勝利し一躍時の人となった。

ムーア監督はFacebookでもコメントしていたが、コルテス氏と同じように作品に登場した候補者の中が実際に選挙で勝利を挙げた例は他にもある。政治を自分たちの手に取り戻す市民の動きが、言葉通りアメリカを動かし始めているのだ。

『華氏119』はこうしたアメリカ政治のうねり、まだ表面には現れていないが、確かに動きつつある「民主主義の胎動」のようなものをしっかりと描き出している。まさに中間選挙のニュースが多く取り上げられる今こそ見たい映画だと思った。

もっとも、こうした世界の捉え方には限界があるのも事実だと思う。評論家の佐々木俊尚氏は、ムーア監督が呼びかける戦いが「分断をさらに加速させる可能性も秘めていないか」と指摘。その上で、

そもそも今の社会の問題を解決するのには、敵と味方に分かれて戦うのではなく、そこに敵味方ではないさまざまなパワーの相互作用が起きていることを認めた上で、その相互作用が社会にうまく作用するような力学を設計していくようなアプローチが求められるようになっている。これは闘争の時代だった20世紀の反省を踏まえた上で、21世紀になって広まってきている考え方だ。

その意味において、ムーアの怒りはあまりにも20世紀的想像力だと思うし、敵味方の闘争という手法を越えられていない。そういう視点から、私としては本作の評価をちょっと留保しておきたいと思う。
華氏119 : 佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 – 映画.com

と持論を展開している。

今回の選挙でも、トランプ大統領に対する「ノー」がバックラッシュとなり、リベラルで新鮮な顔ぶれが存在感を示したと見ることもできる。つまりこの繰り返しが続くのなら、分断を加速させていると。ただ、そうした見方はムーア監督が『華氏119』で示した希望を軽く見ているのではないか。

個人的には、(日本も陥りつつある)そうした敵味方の二分法を乗り越えた人たちが、新たな「草の根の民主主義」の担い手になっていると感じたが、皆さんはどう思うだろうか。