『世界で一番ゴッホを描いた男』が刺さった!作品をはみ出すリアルな息遣い

海外の美術館に行くと、大抵すぐ近くに複製画を扱う売店や屋台があることに気づく。

…と、偉そうなことを言っても、ヨーロッパには一度しか行ったことがない。その点は映画『世界で一番ゴッホを描いた男』がフォーカスする趙小勇と変わらない。

そうした原画を見たとき、良くできたコピーだな、くらいに思っていたが、実はそれらは人の手による精細な複製画なんだとか。

『世界で一番ゴッホを描いた男』は、そんな複製画を生業にする画工が一万人以上集まる“世界最大の「油画村」”中国は深圳市大芬(ダーフェン)に迫ったドキュメンタリー作品だ。

この大芬は、街全体で複製画制作を行うというユニークな、しかし当人たちにとっては街で暮らす唯一の生活の糧である、ビジネスに携わっている。画工たちは、衣食住が一体となった工房で日夜複製画を描く生活を送っているが、彼ら彼女らの日常の肌触りは映画を見る私たちにもリアルに迫ってくる。

作中に登場する工房では、海外のクライアントから発注を受ける形で、主にフィンセント・ファン・ゴッホの絵画を扱っている。

フィンセント・ファン・ゴッホ。後期印象派を代表する画家でありながら生前は不遇な人生を送ったといっても過言ではありません。自分の命を削りながら一筆、一筆をキャンパスに自身をぶつけ、芸術に人生を捧げて芸術の高みを目指したゴッホ。そんなゴッホに魅せられた男が中国にいました。20年にわたりゴッホの複製画を描き続け、本物の絵画を見たいと夢み、ゴッホに人生を捧げる男の姿を追った感動のドキュメンタリーです。
映画『世界で一番ゴッホを描いた男』 イントロダクション

この「20年にわたりゴッホの複製画を描き続け」たという人物こそが、この作品のメインキャストとも言える趙小勇。湖南省出身の小勇は、1996年に出稼ぎで大芬にやって来てゴッホの絵画と出会って以来、ゴッホの複製画10万点以上を家族と共に描いている。

10万点…。気が遠くなるほど途方もない数字だ。多い時には毎月600~700枚を海外に輸出しているというが、もちろん複製画作りは手作業以外では不可能。「ひまわり」「夜のカフェテラス」「ファンゴッホの寝室」「自画像(灰色のフェルト帽をかぶったもの)」…など、誰も知っているゴッホ作品を来る日も来る日も複製する。

驚くべきはその技術とスピード。描き手によってレベルに違いあることが示されるものの、小勇はというとスクリーン越しには違いがわからぬほどの精度で、次々にゴッホを“コピー”していく。

ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンはかつて、複製技術が一回限りの現象である「アウラ」を失われると説いたが、ただひたすらに手作業で絵画を複製する作業にはその定義を転倒してしまうような説得力がある。

映画は、複製画制作はビジネスだと割り切り、自分は職人だと自分に言いきかせる小勇がアムステルダムに旅し、“本物のゴッホ”に触れることで自分が何を描くべきかを発見するというストーリーで展開している。

監督であるユイ・ハイボーとキキ・ティンチー・ユイは、巧みかつ極めて効果的に様々なシーンを繋ぎ、ともすれば単調になりがちなドキュメンタリーを壮大でドラマチックな巡礼の物語、一人の男が本当の自分を発見する物語に仕立てている。そしてそれはある程度、成功している。いや、よくできたフィクションと勘違いしてしまいそうな構成からは、成功しすぎていると言ってもいいかもしれない。

さらに言えば、そうしたテーマに沿って「世界経済と中国社会」「画工と芸術家」「生活と芸術」といった様々なフックを配置することで、本編が進むにつれて物語は加速していく。

一方でできすぎた作品は容易に次の展開を予期させる。完成されすぎているからこそ、ありうべきゴールに直線的に進み、見る側としても細かな一つ一つの描写に対する緊張感が薄れてしまうことはよくあることだ。

だが、この作品はそんな落とし穴を見事に回避している。“神の視点”を持つ作品の設計者たちの計算されたシナリオは、小勇たち登場人物の無意識の立ち居振る舞いによっていとも簡単に破調されられてしまっている…!

アムステルダムで自身の作品が画廊ではなくお土産屋で売られているのを見た時、生活と芸術について議論を戦わせ「ゴッホですら生きるために絵を書いていた」と話す時、ゴッホの墓参りをしてついに彼らなりのゴッホを見つけた時…。

どれも作品にとって極めて重要な意味を持つシーンだ。ただ私たちがこのシーンを前にする時、それ以上のリアルな彼らの息遣いに目が向いてしまい、心の中で些細な疑問と突っ込みが沸き起こり、そのプロセスを経るたびに登場人物たちがさらにイキイキと動き出す。

例えば、ゴッホに関するシーンでは、話し合われているメッセージよりも明らかに酒を飲みすぎてしまう小勇の方がインパクトがある!

話の終盤、小勇は自分なりのオリジナル作品との向き合い方を見つける。ただそれは芸術と生活、世界経済と中国の田舎の生活、といったポイントだけに導かれたわけではないはずだ。

そして私は当たり前にもこう思う。これこそが人生だのリアリテイだと。なんということだ。1時間半足らずの作品の中に、こんなに濃密な人生が詰め込まれているとは。

まあ、長々書いたけど、ざっくり言うと、すごい面白かったです。